HRT(ホルモン補充療法)や漢方など、治療の選択肢の基礎知識
1.更年期の不調と「治療の選択肢」という考え方
40代半ば〜50代にかけて、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が大きくゆらぎ、
ほてり・のぼせ・発汗・動悸・イライラ・不安感・不眠・関節痛・膣の乾燥…など、
心と体のさまざまな症状があらわれる時期を「更年期」と呼びます。
このときのケアは、大きく分けると次の3つのレベルで考えると整理しやすくなります。
- セルフケア・生活習慣の見直し
(睡眠・食事・運動・ストレスケア・サプリメント など) - 医療的な治療ではないサポート
(漢方薬の一部、市販薬、カウンセリング、運動療法、フェムケア製品 など) - 医療機関で行う治療
- HRT(ホルモン補充療法)
- 保険診療の漢方薬
- 抗うつ薬・睡眠薬・自律神経調整薬などの薬物療法 など
この記事では、とくに相談の多い
- HRT(ホルモン補充療法)
- 更年期によく使われる漢方薬
について、「どんな治療なのか」「どういう人が検討するのか」といった
基礎知識をやさしく整理していきます。
2.HRT(ホルモン補充療法)とは?
2-1.HRTの基本の考え方
HRTは、減ってきた女性ホルモン(エストロゲン)を外から補う治療です。
閉経前後にエストロゲンが急激に減ることで、更年期症状の大きな原因になります。
その不足分を少し補うことで、つらい症状を和らげることを目指します。
HRTで改善が期待できる症状の例:
- ほてり・ホットフラッシュ
- 寝汗・発汗
- のぼせ・動悸
- 不眠・イライラ・気分の落ち込み
- 膣の乾燥・性交痛
- 骨粗しょう症の予防 など
ここで大切なのは、HRTは「全員が必ずやらなければいけない治療」ではないということです。
- まず、医師が年齢・持病・家族歴などを踏まえて
HRTが適しているか、リスクはどの程度かを評価します。 - そのうえで、
「症状がつらく、治療でラクになる可能性があるなら試してみたい」と
本人が希望すれば、検討される治療のひとつです。
つまり、HRTは
「医師の医学的判断」と「本人の希望」の両方を踏まえて決めていく治療だと考えてください。
2-2.HRTの種類
HRTには、使うホルモンの種類や剤形によって、いくつかのパターンがあります。
(1)エストロゲン単独か、黄体ホルモン併用か
- 子宮がある方
- 基本的には
エストロゲン+黄体ホルモン(プロゲステロン)の併用が必要です。 - エストロゲンだけを補うと、子宮内膜が厚くなりすぎて
子宮体がんのリスクが上がるためです。
- 基本的には
- 子宮を摘出している方
- 場合によっては、エストロゲン単独療法が選択されます。
どの種類・どの量を使うかは、年齢・症状・リスク・生活スタイルなどを医師が総合的に判断します。
(2)飲み薬・貼り薬・塗り薬・局所薬
- 経口薬(飲み薬)
- 服用の仕方がわかりやすく、量の調整もしやすい
- 経皮薬(貼り薬・塗り薬)
- 皮膚から吸収されるタイプで、飲み薬と比べて
血栓症などのリスクがやや低いとされる報告もあります。
- 皮膚から吸収されるタイプで、飲み薬と比べて
- 局所用エストロゲン(膣錠・膣クリームなど)
- 膣の乾燥・性交痛など「下半身の症状」が中心のときに用いられることがあります。
- 全身への影響が比較的少ないとされていますが、使用の可否は医師の判断が必要です。
3.HRTのメリットとリスク
3-1.HRTの主なメリット
- ほてり・ホットフラッシュ・寝汗などが改善しやすい
- 不眠やイライラが軽くなり、生活の質(QOL)が上がりやすい
- 骨密度の低下を抑え、骨粗しょう症や骨折の予防に役立つ
- 膣の乾燥・性交痛などのデリケートゾーンのトラブルが軽くなる場合もある
「もう我慢するしかない」と思っていた方が、
仕事・家事・趣味を続けやすくなるという意味で、大きな支えになる治療です。
3-2.HRTの主なリスク・注意点
一方で、HRTには注意したい点もあります。
- 乳がんリスクの変化
- とくにエストロゲン+黄体ホルモンの併用療法を長期で行う場合、
乳がんリスクがわずかに上昇するとされる報告があります。
- とくにエストロゲン+黄体ホルモンの併用療法を長期で行う場合、
- 血栓症リスク
- 深部静脈血栓症や肺塞栓症などのリスクが上がる可能性があります。
- 喫煙・肥満・高血圧・既往歴などを持つ方は、より慎重な判断が必要です。
- 子宮体がんリスク
- 子宮がある方がエストロゲン単独で治療すると
子宮内膜が増えすぎ、子宮体がんのリスクが上がってしまいます。
- 子宮がある方がエストロゲン単独で治療すると
- その他の副作用
- 不正出血・乳房の張り・むくみ・頭痛・吐き気 など
これらのリスクは、年齢・体質・家族歴・既往歴・生活習慣などによって変わるため、
必ず医師と相談しながら、
「自分にとってのメリットとリスクのバランス」を一緒に考えていくことが大切です。
4.HRTはどんな人が検討する?
4-1.HRTが選択肢になりやすいケース
- ほてり・ホットフラッシュ・寝汗などで生活や仕事に支障が出ている
- イライラ・不安感・気分の落ち込み・不眠などが強く、つらさが続いている
- 骨粗しょう症のリスクが高く、骨量の低下をできるだけ防ぎたい
- 医師から「HRTの適応がありそう」と説明され、メリット・リスクを聞いたうえで
「試してみたい」と思っている
4-2.HRTが原則として向かない、慎重な検討が必要なケース
以下のような場合は、HRTを避ける・または非常に慎重な検討が必要になります。
- 乳がん・子宮体がんの既往がある
- 血栓症(深部静脈血栓症・肺塞栓症など)の既往がある
- 重い肝障害がある
- 原因不明の不正出血が続いている
- コントロールされていない高血圧や糖尿病がある など
また、40歳未満の早発閉経・早発卵巣不全などでは、
骨や心血管系の保護のために、
HRTが強く推奨されることもあります。
いずれの場合も、
「医師が医学的にどう判断するか」と「本人がどうしたいか」を
すり合わせながら決めていくことが大切です。
5.更年期に使われる漢方の基礎知識
5-1.漢方で見る更年期
漢方では、更年期の不調を
- 「気(エネルギー)」
- 「血(血液・栄養)」
- 「水(体液)」
のバランスの乱れや、
- 冷え・のぼせ
- 血の巡りの悪さ(瘀血)
- ストレスによる気の滞り
などの組み合わせとしてとらえます。
同じ「更年期のほてり」でも、
体質や症状の出方によって使う漢方薬が変わるのが特徴です。
5-2.代表的な漢方薬のイメージ
※ここでは一般的なイメージのみを紹介します。
実際の服用は、必ず医師・薬剤師にご相談ください。
- 加味逍遙散(かみしょうようさん)
- イライラ・不安感・抑うつ気分・疲れやすさ・のぼせなど
- 情緒のゆらぎが強い方に用いられることが多い処方です。
- 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
- 冷えのぼせ・肩こり・頭痛・月経トラブルなど
- 「血の巡り」が悪いタイプの更年期症状に使われることがあります。
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
- 冷え・むくみ・貧血傾向があり、体力はあまりないタイプに
- 妊娠を希望する方の冷えや血行不良にも使われることがあります。
- 温経湯(うんけいとう)
- 冷え・手足のほてり・唇や肌の乾燥・不正出血など
- 体を内側から温めて血の巡りを整えるイメージの処方です。
このほか、十全大補湯・半夏厚朴湯・抑肝散・芍薬甘草湯なども、
症状や体質に合わせて組み合わせて使われることがあります。
5-3.漢方のメリットと注意点
<メリットの例>
- 体質や症状の組み合わせにあわせて選びやすい
- 「検査値は問題ないけれど、なんとなくつらい」ときにも相談しやすい
- ゆるやかに体質を整えながら、長く続けていける処方もある
- HRTを使えない・使いたくない方の選択肢のひとつになる
<注意点の例>
- 効果のあらわれ方がゆるやかなことが多く、
「すぐに劇的に効く」治療ではないことが多い - 体質に合わないと効果を感じづらい
- むくみ・胃もたれ・肝機能障害などの副作用が出ることもある
- 市販の漢方薬やサプリのように見えても、漢方薬はれっきとした「医薬品」
→ 飲み合わせや持病との関係を、専門家に確認した方が安心です。
6.HRTと漢方、どう選ぶ?どう組み合わせる?
6-1.HRTを軸にするパターン
- ほてりやホットフラッシュが強く、早めに症状を落ち着かせたい
- 不眠・イライラ・気分の波で、仕事や家事に大きな影響が出ている
- 骨粗しょう症リスクが高く、エストロゲン低下による骨量低下を抑えたい
こうした場合は、HRTを治療の軸にしつつ、
生活習慣の見直しや漢方・サプリなどで周辺をサポートする、という組み合わせもあります。
6-2.漢方・生活改善を軸にするパターン
- HRTのリスクが怖く、まずはもう少し穏やかな方法から始めたい
- 持病などの理由でHRTが使いにくいと言われている
- 「なんとなく不調」「でも受診するほどか迷う」という段階で、
体質改善を含めて整えていきたい
このような場合は、漢方や生活改善を中心にしながら、
必要に応じてHRTなど医療的な治療も検討する、という流れもあります。
6-3.「どれが正解」ではなく、「自分にとってのちょうどいい」を探す
HRTと漢方は、どちらか一方が正解というものではありません。
- 症状の重さ
- 年齢・体質・持病・家族歴
- 仕事・家事・育児などの生活スタイル
- 「どう過ごしたいか」「どこまで治療したいか」という価値観
これらを総合して、
**「今の自分にとって、どの組み合わせがいちばんラクに暮らせるか」**を
医師や薬剤師と一緒に考えていくイメージです。
7.受診のタイミングと、相談するときのポイント
7-1.受診を考えたいタイミング
次のようなときは、婦人科や更年期外来への受診を検討してみてください。
- ほてり・動悸・不眠などで仕事や家事が続けにくい
- 気分の落ち込みが続き、「うつっぽい」と感じることが増えた
- 生理の乱れや不正出血が増え、不安が続いている
- 骨粗しょう症や骨折の家族歴があり、将来が心配
- HRTや漢方を含めて、自分に合う治療を知りたい・相談したい
7-2.受診・相談時に伝えておくとよいこと
- いつ頃から、どんな症状がどのくらい続いているか
- 生活の中で特につらい場面(仕事中・夜・家族といる時など)
- これまでかかった病気や、今飲んでいる薬
- 乳がん・子宮がん・血栓症などの家族歴
- 「できれば薬は少なめがいい」「妊活も視野に入れている」などの希望や不安
あらかじめメモしておくと、診察室で話しやすくなります。
8.まとめ:治療の選択肢を知ることは、「自分らしく選ぶ」ための第一歩
- 更年期のつらさは、**我慢するだけのものではなく、「治療でラクにできるもの」**でもあります。
- HRTは、医師が全身状態やリスクを評価したうえで、
症状がつらく生活に支障がある方が、「希望すれば検討できる治療の選択肢のひとつ」です。
メリットとリスクをよく理解し、納得して始めることが大切です。 - 漢方は、体質や症状の組み合わせに合わせて選びやすく、
「なんとなく不調」な段階からも相談しやすい方法です。
一方で、医薬品である以上、副作用や飲み合わせには注意が必要です。 - 「これが正解」という一本の道ではなく、
あなた自身のからだ・暮らし・価値観に合った治療のバランスを、医療者と一緒に探していくことが重要です。
つらさを一人で抱え込まず、
「これくらいで相談していいのかな?」という段階でも、
ぜひ一度、婦人科や更年期外来・信頼できる医療者に相談してみてください。
その一歩が、更年期を少しラクに、そして自分らしく過ごすための大きなきっかけになります。
